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イージーでも良いので、オーダースーツを身に纏う。1

イージーでも良いので、オーダースーツを身に纏う。

吾輩は、サラリーマンである。
名前はもうある。

今回は、オーダースーツについて語る。
と、その前に
私とスーツの歴史を綴る。

1995年4月
大学の入学式に向けて、母親に連れられ丸井、コムサデモードでスーツを買う。
当時159cmの瘦せ型に合う既成スーツなんてなかったと思う。
ウエスト、パンツ丈、袖丈など直したもののブカブカだったのをよく覚えている。

1997年1月
成人式用にJUNMENで購入。
やはり、バンバンお直し入るが限界あり。

2000年
就職活動時代。
地元のテイラーで仕立ててもらった。
お値段40000円だったと思う。

2001年
紳士服業界に就職。
スーツ屋なのに、店員はスーツの着用義務無し。
不思議だった。

2002年4月〜2004年9月
コールセンター業界就職。
スーツ着用が義務付けられる。
この時期、スーツに再び興味が湧き、
丸井のビサルノビスポークを利用するようになる。
当時の値段、1着30000円くらいだったと思う。

2004年10月
ある企業にwebデザイナーとして就職。
スーツ着用が義務付けられていたものの
このあたりから5年くらいは、
スーツに気を遣っていない。
2010年01月
同企業にて総務課に異動。
社内研修、中途採用、各種イベントの司会などを担当するようになる。
2012年08月
ライフワークとしてストリートダンスを習い始める。
とともに、マイケルジャクソンのスーツスタイルはキチンとしているなと感じるようになる
2012年12月
久しぶりにオーダースーツを買う。
by麻布テーラー

この後から
ダンカン。
ブレフなどで購入するようになる。

イージーオーダースーツを買うようになった理由を振り返れば、下記の通りである。
01.きちんとした正装こそが凛としてると感じたから。
02.バシッとキマッたスーツでストリートダンスを披露すればカッコいいんだろうなと想像したから。
03.総務って、会社の看板めいていてキチンとしてないといかんなと思ったから。
04.スーツが再び好きになったから。

いった自分なりの理由が、混ざり合ったのだと
考える。

今回はここまで。
「イージーでも良いので、オーダースーツを身に纏う。」の続きは、また次の機会に綴ることとする。
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ビジネスバッグの考察。

ビジネスバッグの考察。

手提げ型のバッグをセレクトすることをお勧めする。

まぁ、様々な形体のビジネスバッグは
販売されているが、
手提げ型のビジネスバッグが、やはり伝統的と考える。

みなさんの嗜好、あるいは携わっている業務によっては肩掛けカバン、リュック型などを使っている方もいるだろう。

業務上、必要があって、肩掛けカバンやリュック型のカバンを使う方は、機能を優先して選択していただきたい。

しかしながら、自身の嗜好で、肩掛けカバンやリュック型を選択しているのであれば、それは待っていただきたい。

スーツサラリーマンであれば、手提げ型をお勧めする。

肩掛けカバン、リュックの類は、少々野暮ったく映ることがあるのだ。

また、肩に負荷がかかる分、スーツの傷みが速くなる。

スタイリッシュを目指すなら、手提げカバンだ。

で、
もうひとつ。
カバンにモノを入れすぎないこと。


今回、通勤カバンをテーマに綴ってしまっているが、
通勤カバンに限らず
モノ、身体、悩みなど、
贅肉は捨ててしまおう。
モノなら潔く捨てるか売る。
身体なら自分にとってのベスト体重にする。
悩みなら、仲間に相談し、解決するか、忘れる。

少し脱線し、断捨離について語ってしまった。

まとめに入ろう。

スッキリすることが
スマートにつながり、
スタイリッシュになる道筋となると思う今日この頃である。

ニュートラル

他人は自分を勝手に評価する。
自分は他人をやはり勝手に評価する。

自分は「こんな風に評価してほしい」と訴えるが、他人は自分の思惑どおり評価しない。

他人は「こんな風に評価してほしい」と訴えるが、自分は他人の思惑どおり評価しない。

人間って、多分こんなもんだ。

自分を「こんな風に思ってほしくない。」と、訴えても
他人は「あなたなんてこんなもんでしょ」と評価されるもんだ。

他人が「こんな風に思ってほしくない。」と、訴えても
自分は「あなたなんてこんなもんでしょ」と評価してしまうもんだ。

ここまでは、マイナス状況の思考を記述してみた。

逆にこんなこともある。

自分は「ここまでしかできなかった」と自己評価をマイナスに付けるが、
他人は「あなたは、ここまでよくやった」と評価することもある。

人は人を評価する。
そして評価される。

学校であれ、会社であれ、役所であれ、芸能界であれ、政界、角界、野球界、
業界問わず、すべての組織である。
地球全体である。

私が経験してきた組織では、
「評価者(上役)は公正な目で、客観的に、被評価者(部下)を評価すべきだ。」と耳にしてきたが、
多分、公正な評価を的確にこなした人はいないだろう。

これは、すべての組織に言える。

だから、組織に属し、自分に対する評価が低いと感じる人にこんな助言を贈っている。

「自分に対する評価は人によって異なるのが当たり前である。」

ある他人はあなた自身のことを高評価するし、ある他人はあなた自身のことを底評価する。

あなた自身も評価者になることって日常でも多いのではないだろうか?

知人が「美味しい」と高評価した飲食店で食事をしたら
あなた自身には美味しく感じられずに
底評価を下した経験。
逆も然りで、あなた自身にとっては高評価たが、知人にとっては底評価。
高評価にせよ、底評価にせよ、あなた自身と知人の評価が一致すれば、それは共感と呼ぶのだろう。

まあ、それはそれとして
評価された飲食店は、評価者(ここでは、あなたと知人とする)に
「あなたがたは公正に当店を評価してくれていますか?」
なんて言わない。

高評価に対しては、評価を励みにもっと伸ばす対策をし、
底評価に対しては、何らかの対策を検討する。
高低関わらず、何も対策を立てないという判断もある。

さて、わたくし(KUMASAKA)自身は、どうなのか?

高評価、底評価いずれにせよ、他人が評価を付与したという事実を受け入れる。
(ただし、評価結果の根拠となる「私が実行した行為」が評価者に対し歪曲されて伝えられていた場合は質し、再評価を要求する。)

自分が良かれと思って実行した行為でも、誰かにとっては幸せだが、誰かにとっては不幸だというのが常に隣り合わせなのだと考えるからだ。

まぁ、今現在、そんな考え方が旬な吾輩にとってお気に入りの合言葉を下記に示す。

「ニュートラルな気持ちを保つ」

本日は以上。

PDCAの開始位置を変えてDCAP

DCAP
「ディー・シー・エー・ピー」
と読むのか、
「ディー・キャップ」
と読むのか、
あるいは他の読み方があるのか・・・。

とは言え、
吾輩にとって、最近、真新しく聞こえた言葉であり、新鮮な印象を受けたので、ここに記す。

ビジネスの場では
PDCAなんて言葉がよく登場する。
登場回数が多過ぎて、
吾輩はイヤになってきた。
P(計画して。Plan)
D(実行して。Do)
C(検証して。Check)
A(改善の行動をする。Action)
近頃は
「要するに、PDCAさえ回せば、良いんでしょ⁉︎(怒)」なんて、
いささか怒気を含んだ声も聞こえてくるから興味深い。
さらにPDCAを回すことが半ば義務化しているようで、目的、あるいは目標無きPDCAも存在するようだ。

※余談だが、「Goal(目的や目標)無きPDCAなんて、味気ない」というわけでGPDCAなる言葉も最近よく耳にする。
これまた余談だが、過度にPDCAに傾倒し「PDCA」を連呼するパーソンも見かけるが、ゴールがないから、不毛にPDCAのサイクルを回しているように映ることもある。それは、ハムスターがホイールで回るかのようにゴールがない。
不毛なPDCAパーソンもハムスターも本人は幸せなのかもしれないが。※


で、まぁ、最近、とある、ネット記事で
DCAPと言う言葉を発見し、
「あぁ、そっか、こんな考え方もステキだ」なんて感心した次第だ。

「DCAPとは何か?」と言えば、
PDCAが、Planをスタート地点にして開始されるのに対し、
DCAPは、Doをスタート地点にして開始される。

すなわち、
「まずは、やってみろ」だ。

「こんなことや、あんなことにチャレンジしたいなぁ」と
人間なら誰しもが思うことである。
しかし、チャレンジする前に
計画を立てると、
「どうせ、長続きしないだろうなぁ」とか
「想定リスクがたくさん見えて、尻込みする」といった
マイナス的なゴールが浮かんできて、計画を立てることすら、放棄してしまった経験はないだろうか?

計画を立てたが故に
不安に押しつぶされて、
肚を決めることができないとか、
やる気が萎えるくらいなら、
計画はひとまず置いといて、
「まずは、やってみる」が
大切な時もある。

やってみて、初めてわかることがある。
やらないと、検証(例、自分にとって向き、不向きもわからないのだ)もできない。

プライベートで、
習い事をしたいが尻込みしているなら
まずは勇気を持って体験コースを受けなさい。

ビジネスで、
新しい仕事にチャレンジすることになり、計画が立てられないなら
まずはDoをしてみて検証につなげるのだ。やってみると検証結果を得られる。従って、やる前よりも、計画が立てやすくなる。
すなわち、やったことで、経験値が大なり小なり上がっている。

少し具体的に語ろう。

「100件のデータ入力作業にどのくらいの期間が必要か計画書を提出せよ」と
指示が出たとする。

まさに、プランだ。
指示をされたあなたはデータ入力作業をしたことがないので、どのくらいの期間を要するか計画が立てられない。

それならば、どうするか?

Do(実験)するのだ。
まずはサンプルとして5件、データ入力作業をしてみる。
1件、1件の入力作業に要した時間を計測する。

C(検証)する。
1件目、10分。
2件目、20分。
3件目、30分。
4件目、20分。
5件目、40分。

A(5件の入力作業においてスピードを上げるための改善行動を考えておく)する。

P(計画)する。
経験および計測した入力作業時間の実績を元に計画を立てる。

平均時間(24分)×100=2400分
最大時間(40分)×100=4000分

取り急ぎ、指示者に対し、
「入力作業」に限定すれば、
2400分版計画書か
4000分版計画書を示せる。

あなたが経験し計測した実績値と事実を元に計画書を示すのだから
現実的だ。
しかも、実績値を取ったという根拠がある。

こんなこともあるので、
DCAPに
共感と敬意を表する。

立ち振る舞いを整える。



吾輩はサラリーマンである。
名前はもうある。

今回は立ち振る舞いについて綴る。

颯爽と歩く。
凛として立つ。
きちんとした話し方。
など、
スタイリッシュサラリーマンなら
こころがけるべき立ち振る舞いが無数にある。
本稿では書ききれないが。

とはいえ、
我々は、
新入社員時代のマナー研修で習得したであろうマナーや立ち振る舞いを、無意識のうちに忘れてしまってはないだろうか。

かくいう吾輩も忘れる。

しかしながら、
いざ、自分に対して
「颯爽と歩け」
「凛とした立ち姿をしろ」
「丁寧にゆっくりと、話せ」
などと命令すると意外とできるものであることに気づいた。
従って継続して実践することに決めた。

そんな実践開始のきっかけは、
下記のような記述を書籍で読んだからである。
「チマチマと歩けば、弱そうに見える。
猫背な立ち姿は、貧相に見える。
早口は、落ち着きがなさそうに見える。」

まぁ、
そういった
「行動が伴う立ち振る舞い」で
人の健康度
性格の明るさ度
しっかりしてそう度などが
評価されているかもしれないと感じた。
さらに、
他人は口には出さないまでも、
心根では
「人が取る行動が伴う立ち振る舞い」に対し評価を下しているものだとも感じたのである。

「立ち振る舞いを磨くなんて行為は俺には不要だ。俺は俺だ」と考えている人もあるだろうが、そのような人は「周りへの配慮がない人だ」と烙印を押されるかもしれない。

立ち振る舞いを磨くこと、あるいは整えることは、周りへの配慮はもちろんのこと、「自分自身の心技体の整い」にもプラスに転じているので、
吾輩は継続することとする。

本日の随筆は以上だ。

プロフィール

ザ・スタイリッシュ・サラリーマン・KUMASAKA

Author:ザ・スタイリッシュ・サラリーマン・KUMASAKA
性別:Male
生年:1976
血液:B
職業01:ザ・スタイリッシュ・サラリーマン
職業02:ザ・スタイリッシュ・ストリートダンサー
職業03:オートマティック・クラブDJ
職業04:Webデザイナ
職業05:随筆家

運営Webサイト「久地アバウト」http://www.kujiabout.net/

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